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仙台高等裁判所 平成7年(ネ)48号 判決 1995年11月24日

控訴人

吹越富美子

右訴訟代理人弁護士

平田由世

被控訴人

有限会社吹越

右代表者代表取締役

安川律子

右訴訟代理人弁護士

石田恒久

右訴訟復代理人弁護士

小松亀一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  請求

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の平成五年一一月二日の臨時社員総会における控訴人の取締役を解任する旨の決議(以下「本件決議」という。)を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、被控訴人の社員であり代表取締役であった控訴人が、本件決議について社員総会招集に必要な取締役の過半数の決議がなく、また、定款において総会招集権を社長たる取締役に限定しているにもかかわらず、社長でない取締役が招集したとして、手続の法令、定款違反を理由に右決議の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被控訴人は、アパート経営、食堂喫茶の経営を主たる目的として、昭和五八年四月二八日に設立された資本金九〇〇万円の有限会社であり、控訴人は、同社の取締役及び代表取締役であった。

2  被控訴人は、平成五年一〇月二六日、取締役安川勉名義で臨時社員総会招集の通知をし、同年一一月二日、青森市本町二丁目八番一号パークハイツ本町二〇六号安川建設株式会社(以下「安川建設」という。)青森連絡所において、臨時社員総会(以下「本件社員総会」という。)を開催し、本件決議をしたとして、同月八日、その旨の登記を了し、控訴人が取締役を解任されたため、代表取締役も退任になるとして、その旨の登記もなされた。

3  被控訴人においては、定款により、代表取締役を社長とすることを定め、社員総会は社長たる取締役が招集すると定めていた。

二  控訴人の主張

1  取締役の決議の不存在

本件社員総会の招集については、有限会社法三六条ノ二による取締役の決議が必要であるのに、右決議がなされていない。

2  招集権限の不存在

安川勉(以下「勉」という。)は、平成五年一〇月二六日当時、被控訴人の代表取締役ではないから、本件社員総会を招集する権限はなかった。

3  被控訴人の主張に対する反論

(一) 取締役の決議の不存在について

吹越文吉(以下「文吉」という。)と吹越とみ(以下「とみ」という。)は、一一月二日に青森に来るようにいわれて青森に来ているのであって、本件社員総会を開催することの協議を受けてはいない。

(二) 招集権限の不存在について

社員総会の招集権者を定款において定めているときは、この者のみが招集でき、他の取締役が招集したときは決議取消事由となると解すべきである。

(三) 裁量棄却について

控訴人は、自ら社員総会を招集していれば、出席できる日を指定するであろうし、控訴人が出席していれば、控訴人の父母である文吉ととみは、その出資分が控訴人のものであることを認めているのであるから、その決議の結果は全く異なったものとなったであろうし、また、控訴人は、被控訴人の実質的所有者あるいは大口出資者であることをも考慮すれば、本件社員総会による本件決議取消の訴えが裁量棄却される場合に当たるものとはいえない。

(四) 訴権の濫用について

被控訴人の主張は、保証人として苦しんでいる場合には、何をしても許されるとの考えが根底にあるものと推測され、右のような考えは法秩序を崩壊させるものである。

三  被控訴人の主張

1  取締役の決議の不存在について

有限会社法は、「取締役ガ総会ヲ招集スルニハ其ノ過半数ノ決議アルコトヲ要ス」(同法三六条ノ二)とされているところ、本件社員総会の招集決議においては、当時の取締役であった文吉、同とみの同意を得、勉を含めて四名中三名の取締役の賛同を得ているものであるから、右決議が不存在ということはない。

2  招集権限の不存在について

有限会社法は、社員総会の招集権者について、「社員総会ハ本法ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外取締役之ヲ招集ス」(同法三五条)と規定し、同法三六条の招集通知とか同法三七条二項のように定款による別段の定めをなすことを妨げない旨の規定はないから、法律より下部の法形式である定款の定めで、有限会社における取締役の招集権限を排除することはできない。被控訴人の定款は、代表取締役たる取締役だけを社員総会の招集権者に限る趣旨ではなく、一般的な場合を示したに過ぎないものと解釈されるべきであるから、取締役である勉による本件社員総会の招集も、招集権者による招集であるから定款違反ではない。

3  裁量棄却

社員総会決議取消の訴えについては、その違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさなかった場合に、裁判所の裁量棄却が認められている(有限会社法四一条、商法二五一条)。本件社員総会での本件決議については、以下の事実関係を考慮すれば、裁判所の裁量棄却が認められる事案である。

すなわち、控訴人は、被控訴人の代表取締役として、平成四年秋ころから、会社の経理状況、運営状況等を他の取締役、他の出資者に一切告知せず、同年度の決算を承認すべき同五年五月開催が規定されている定時総会の開催もしなかった。これまでも、定時総会の開催はなかったようであるが、議事録上での総会決議は存在しており、決算承認に基づく税務申告は実施していたが、平成四年度の決算は勿論、税務申告もしていない。このため、再三他の取締役から臨時総会の開催を要請されていたのに、控訴人はこれを無視した。このような状況下において、平取締役である勉による招集手続が定款に違反したとしても、その違反事実は重大ではなく瑕疵は極めて軽微であると解すべきである。しかも、決議の結果についての影響も、当時、控訴人以外の取締役であった文吉、とみ及び勉は、いずれも控訴人の取締役解任について賛成しており、控訴人の取締役解任決議の結果には影響がなかったものと認められる。

4  訴権の濫用

控訴人は、被控訴人の代表取締役として、他の取締役や出資者に対し、決算報告書の作成や会社の経理状態の告知等の一切を故意に怠った上、他の取締役との間での会社の運営方法に対する話合いをも悉く拒否し、取締役の協議も拒否し、社員総会の開催要請にも一切耳を貸さないことが二年近く続いた。その上、控訴人は、会社資産と個人負債を混同して、個人の借金の返済に会社の賃料等の資産を充てる等背任的な経理処理、財産操作を長年当然のように行ってきた。本件訴訟は、控訴人が被控訴人の代表取締役であることを奇貨として、勝手気ままに法を無視し、蹂躙しながら、他の取締役の発案による社員総会決議に瑕疵があるとしてその取消を求めるものであって、身勝手にも程があり、信義則上訴えの濫用と認められるものである。

第三  証拠

原審及び当審における各記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件社員総会に至る経緯

甲第一号証、第三号証の二、乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三、第四号証、第六号証の二、三、第一〇ないし第一四号証、第五四ないし第五六号証の各一、原審における証人吹越文吉、同吹越とみ、同安川勉の各証言、当審における控訴人の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  勉の経営する安川建設は、被控訴人の株式会社みちのく銀行(以下「みちのく銀行」という。)に対する、平成元年七月三一日借入の一億四〇〇〇万円、同二年三月三〇日借入の一五〇〇万円、同年四月二〇日借入の六〇〇万円、同三年三月一一日借入の四五〇〇万円について、いずれも連帯保証をしていた。

2  被控訴人の経営は、本件決議がなされるまでの間、その一切を控訴人が行っていた会社であったところ、勉は、被控訴人が、みちのく銀行からの前記借入金の返済を遅滞させ、安川建設が保証人としての責任を問われる事態が発生したため、自らあるいは安川建設の常務取締役である遠藤健(以下「遠藤」という。)をして、右借入金の遅滞を解消させるため、何度か控訴人との間で、被控訴人の経営等について話し合う機会を持ったが、控訴人からは、右借入金の遅滞を解消させるに足りる有効な対策が取られなかった。

3  安川建設は、勉や遠藤と控訴人間の前記の話合いにもかかわらず、被控訴人がみちのく銀行への返済の遅滞を解消できなかったため、同銀行から保証人としての返済を請求され、平成五年三月三一日から保証人としての弁済を余儀なくされるようになった。

遠藤は、その後もみちのく銀行の担当者とともに、控訴人に対し、被控訴人の右遅滞を解消させるための話合いの機会を持とうとしたが、控訴人はその所在を明らかにしない等、同人らとの話合いを拒否する態度を取るようになったため、右遅滞を解消させるための適切な方策を見出すことはできなかった。

安川建設は、結局、平成五年三月三一日から同年一二月二九日までの間、合計八〇一万円(本件社員総会開催日までは三七四万円)を保証人として弁済を余儀なくされた。

4  勉の妻の安川律子(以下「律子」という。)は、同年八月下旬ころ、姉である控訴人の経営する被控訴人の関係で、これ以上夫である勉の経営する安川建設に迷惑はかけられないと考え、両親である文吉、とみ及び実兄の吹越文孝(以下「文孝」という。)と一緒に控訴人を訪ね、被控訴人の経営方針や借金の返済方法について話し合おうとしたが、控訴人は右話合いに応じようとしなかった。

5  勉は、このままでは安川建設が被控訴人の多額の債務を負担させられる危険があると考え、被控訴人の社員総会を開催し、控訴人に取締役を辞めてもらう他ないと考え、遠藤を通して被控訴人の訴訟代理人である石田恒久弁護士に右手続の相談をした。被控訴人の本件社員総会開催当時の取締役は、控訴人、勉、文吉及びとみの四名であり、勉は、右社員総会の招集に関し、取締役であった控訴人については遠藤に、同文吉及びとみについては妻の律子に、それぞれ連絡を取ることを依頼した。

6  遠藤は、控訴人に対し、本件社員総会の招集に関する連絡を取ろうとしたが、控訴人との間に連絡が取れず、右社員総会招集の通知も、同年一〇月二七日に配達されたが不在で受領されなかった。

7  律子は、同年一〇月二五日、文吉及びとみに連絡を取るため、実家に電話で連絡し、応対に出た文孝に、被控訴人の役員変更の社員総会を開催したいので、その招集に同意してくれるように働きかけて欲しいこと、招集に賛成であれば、右社員総会を同年一一月二日午前一〇時に安川建設青森連絡所で行うので出席して欲しい旨の連絡を頼み、また、同月二七日ころ、自ら直接文吉に対し、電話で右同趣旨の話をし、その際、文吉ととみの印鑑登録証明書と実印を持参して欲しい旨の話もし、文吉から了解を得た。

8  文吉は、同年一〇月二八日、住所地の東北町役場に赴き、自らととみの各印鑑登録証明書の交付を受け、同年一一月二日、妻のとみと共に、右印鑑登録証明書と実印を持参して、律子から指定された安川建設青森連絡所に赴いた。

9  文吉及びとみは、同年一一月二日、安川建設青森連絡所において、遠藤らから、控訴人の経営している被控訴人が銀行からの借入金を遅滞させているため、安川建設が保証人としてその返済を行っているといった被控訴人の実情等について説明を受けた際、娘である控訴人が迷惑をかけてすまない旨謝罪するとともに、同年一〇月二五日付の本件社員総会開催に関する「取締役決議書」(乙第一号証)に署名押印した。

10  本件社員総会の開催された当時、被控訴人の代表取締役は控訴人だけであり、また、被控訴人の定款には、代表取締役である社長に故障があった場合の、社員総会の招集権者に関する規定は設けられていなかった。

以上の事実が認められ、甲第六号証、乙第五七号証、原審における文吉、とみ及び当審における控訴人の各供述中、いずれも右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる適切な証拠はない。

二  取締役の決議の不存在について

1  控訴人は、本件社員総会の招集には取締役の決議が存在しない旨主張し、確かに、取締役の一人であった控訴人から右社員総会招集に関する賛否の決議が得られていないことは、前記認定事実からも明らかである。

2  しかしながら、前記認定事実によれば、被控訴人の取締役である勉は、本件社員総会の招集を企図していたものであるから、同人が取締役として右総会の開催に賛成する意思を有していたことは明らかであり、また、取締役であった文吉及びとみは、律子や文孝と共に、被控訴人の経営方針や借金の返済方法等について控訴人と話合いの機会を持とうとしたことがあったのであるから、長男文孝を介し、あるいは少なくとも娘の律子から連絡を受け、娘である控訴人が被控訴人を経営することにより、律子の夫である勉の経営する安川建設に多大な迷惑をかけており、このような状態を解消するため、控訴人に被控訴人の取締役を辞めてもらうための会合が開かれるものであることの認識は十分に持っていたものというべきであり、右認識のもとに右社員総会に出席したものというべきであるから、文吉及びとみの右態度は、取締役として右社員総会の招集に同意していたものと評価できるものである。

控訴人は、文吉及びとみは、本件社員総会を招集することの協議を受けていない旨反論するが、右のとおりであって、控訴人の右反論は採用することができない。

3  右によれば、本件社員総会招集に関する取締役の決議は、被控訴人の取締役四名中三名の賛成を得ているものというべきであるほか、勉は、控訴人の右決議に対する賛否を問うため、遠藤を介して連絡を取ったが、右社員総会の開催日までにその連絡を取ることができなかったといった前記認定にかかる事情を考慮すると、控訴人から右決議が得られなかったことをもって、右社員総会の招集について、取締役の決議が不存在であると解するのは相当でなく、当審における新たに取り調べた証拠によるも未だ右結論を左右するものとはいえないから、控訴人の主張は採用することができない。

三  招集権限の不存在について

1  本件社員総会が招集された当時、被控訴人においては、定款により、代表取締役を社長とすることを定め、社員総会は社長たる取締役が招集すると定めていたこと、本件社員総会は取締役の勉によって招集されたものであることは、前記争いのない事実のとおりであり、また、右社員総会の招集通知が発せられた当時、被控訴人の代表取締役は控訴人であったこと、被控訴人の定款には、招集権者である社長に故障のあったときの招集権者を誰にするかの定めが設けられていなかったことは、前記認定事実のとおりである。

2  ところで、有限会社が定款に社員総会を招集すべき取締役を定めている場合には、有限会社法二七条三項の趣旨をも考慮すると、社員総会はその取締役によって招集されるべきものと解するのが相当であるから、定款に招集権者と定められていない取締役が社員総会を招集したときは、右招集手続は定款に違反するものとして、社員総会決議取消の訴えの原因となるものと解すべきであるが、有限会社の社員総会の招集権限が原則として各取締役に帰属している(同法三五条)ものであることからすると、定款において、招集権限を代表取締役に帰属させることができるとしても、同取締役に故障等が生じ、右招集権を行使できない事態が生じた場合には、定款に右招集権を行使すべき者に関する補充規定が設けられていない限り、右法の趣旨からも、原則に戻って個々の取締役が社員総会の招集権を行使できるものと解するのが相当である。

これを本件についてみれば、被控訴人の社員総会を招集する権限は、定款により、社長である控訴人に帰属していたものであるから、取締役である勉に本件社員総会を招集すべき権限はないことになり、勉による右招集手続が被控訴人の定款に違反する結果となっていることは明らかである。しかしながら、定款に被控訴人の社員総会を招集すべき社長とされていた控訴人は、被控訴人の代表取締役として、勉による本件社員総会の招集がなされたころ、既に銀行に対する借入金の返済を滞らせ、保証人である安川建設をして代位弁済を余儀なくさせる事態を生じさせ、債権者であるみちのく銀行や保証人である安川建設からの右遅滞を解消させる方向での話合いにも十分な対応をしないのみか、むしろその所在を明らかにしない等、右話合いを拒否する態度を取っていたため、右社員総会の招集当時、安川建設による保証弁済の期間は既に約七ヵ月にも及んでおり、安川建設の代表取締役であって被控訴人の取締役でもあった勉は、右のような事態を解消させるため、右社員総会の開催を企図したものの、招集権者である控訴人と連絡が取れなくなったこともあって、やむなく自ら右社員総会を招集したものであることは、前記認定事実からも十分に認められるところであり、右事実は、招集権者である控訴人において、右社員総会の招集につき、故障がある場合に当たるものと解するのが相当である。

3  そうすると、被控訴人においては、本件社員総会の招集当時、定款によって招集権者とされている社長に故障がある場合であるところ、右定款には社長に故障のある場合の招集権者に関する定めがなされていないのであるから、勉による右社員総会の招集は、招集権者による招集として適法なものであったというべきであり、何ら決議取消の原因となる事由ではないというべきである。

4  控訴人は、勉による本件社員総会の招集が定款違反であって、決議取消事由である旨主張するが、右のとおりであって、同主張は採用することができない。

四  以上のとおりであるから、原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武田平次郎 裁判官栗栖勲 裁判官若林辰繁)

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